未来に続く探究学習 SDGsに連なる「ゴール」目指す学びは不変

新年早々にあった小学6年生の授業です。元日の新聞を班に1紙ずつ配り、年頭のキーワードを選びます。子供たちは記事で何度も使われている語句をチェックし、分類します。「戦争、核実験、紛争は『平和』に入れよう」「森林破壊、環境汚染、酸性雨、温暖化は『環境』に」「倒産、破綻、消費税引き上げは『経済』に」など、机の上や黒板はその年を占う言葉で埋まりました。

【新聞記事をスクラップ、工夫凝らし1人2分で発表】
担任が「今年のテーマを絞ろう」と投げかけると、「先月、環境についての国際会議があったでしょ。新聞に関連記事が載っていたので、環境問題について調べたい」という子に、みんな「賛成」。環境関連の記事をスクラップしながら、一人一人テーマを決め、解決策まで考えます。最後は発表会です。週1回2時間続きの授業が5週間。放課後、図書室に集まって作業した子も。1人2分間の発表では、新聞形式やパンフレット、漫画でまとめた子など、それぞれが工夫して、調べて分かったことと自分の考えをプレゼンしました。発表後、担任が「何が分かったの?」と問うと、「地球環境が危ない」「環境問題には国境がない」「世界中の協力が必要」「人間が解決するしかない」「私たちも行動すべき」と発言が続きました。

担任が「よくぞ学んでくれた」とほめようとした時です。「でも、ごみを拾っても、捨てる人がいる。無駄なスイッチを切っても、すぐつける人がいる。行動しても、なんかむなしいよ」とのつぶやき。教室に沈黙が広がりました。「みんなで多くの人を巻き込もうよ。それをどうするか考えよう!」。ひとりの子の一言で雰囲気が一変しました。数日後には、学校の廊下に「節電」を呼びかけるポスター、町内会の掲示板には「ごみ減量」を訴えるポスターが貼られました。卒業式前には、造園業者の協力で苗木20本を「地球環境のために」と校庭に植えました。

これは1997年に国連の会議で京都議定書が採択された翌年、今から23年前に私が担任した学級での授業です。SDGs(持続可能な開発目標)の明確な「ゴール」は、まだありません。問題を洗い出し、課題を設定して、目標となるゴールにたどり着くだけで一苦労でした。しかし、それこそが学びとなりました。それは今も、これからも変わらないはずです。

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